会社をやめても食える人の仕事力

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2014/4/30  (1/4ページ)

会社員を経て現在はフリーランスとして活躍する中山マコト、立花岳志の両氏が、会社をやめても“食える人”であるための仕事力についてお伝えします。

対談の後半は、「妻に『一家心中しようとしているのね』と言われました」「退職後用意しておいた収入の道を全部捨ててしまいました」……今だから言えるリアルな話題が次々に飛び出します。お金、家族……サラリーマンでもフリーランスでも、仕事やプライベートでさまざまな問題に直面し、それを乗り越えていかなければいけないのは同じこと。現在“食える”フリーランスとなった二人は、どのように困難を乗り越えてきたのでしょうか。(司会・構成:サプライズ研究所 袴田玲子氏)

―― 明確に独立を意識したのはいつでしたか?

中山 僕は仲間と会社を始めたときから、最終的には僕一人で仕事をすることになるだろうなと思っていました。

 人と仲よくできないし、協調性というものがないに等しい。会社が大きくなっていけば、周りと合わなくなることも目に見えている。だから、最後は自分で一国一城の主になるしかないと考えていました。年齢としては30歳くらいのときでした。

立花 僕も中山さんに似ていて、「フリー志向」みたいなものがありましたね。

 大学時代から翻訳者を目指していたのもそういう理由が大きかったし、家族もフリーランスでしたから。あまり考えずに翻訳会社の営業として就職する道を選びましたが、幸か不幸か僕はやったらやったでそれなりにハマってしまうところがあって……。一生懸命仕事に取り組んだ結果会社も発展したし、自分も次の社長をやってくれと言われるまでにもなりましたが、そもそも一度情熱を失った翻訳の世界です。管理職のくせに管理も苦手でしたし、続ける理由もないけれど足も抜けない、そんな状態でした。

 ブログを始めた時点では「ブログで独立しよう!」という明確な意思があったわけではありません。でも、書き始めたら自己表現をする楽しさに目覚めて、次に広告収入という成果が見え始めて、寝ないで書くほどのめり込んでいきました。気づけば「ブログで独立したい」という気持ちが自分の中で強くなって、ブログで知り合ったフリーランスや起業家の方たちが背中を押してくれたこともあって、社長に辞意を伝えました。2010年の6月、41歳になる直前のことです。

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