世界でいちばん自由な働き方

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2014/8/8  (1/4ページ)

 日本の現状に話を戻しましょう。

 「決められた正解」を追い求める日本では、コツコツと、ひたむきに仕事をする真面目さが必要ともいえます。

 わずかでもズレがあれば「不正解」となってしまうスタイルなわけですから、ビジネスにおいては「正確さ」や「ミスのなさ」、さらに会社では「ルールの遵守=上(上司)に対する従順さ」が求められるのです。

 このように「ひたむきに」「従順に」という働き方は、日本人にとっては得意のスタイルといえるでしょう。

 アメリカのビジネス現場を見ていると、日本人の真面目さは、本当に目立ちます。

 他の国の人が絶対に拒否するような「やらされ仕事」でも、日本人は完璧にこなそうとします。

 ひたむきで従順で、真面目……。

 このことから、「だから日本人は、組織のなかで誰かに従って仕事をすることに向いている」「反面、個人ではうまくいかない」という見方をされることもあるでしょう。

 たしかに、「ちゃんと自分の意見を主張しない」という意味では、この日本人の真面目さは、マイナスにとられることがあります。

 この連載で紹介する「新しい働き方」においても、遠慮せずに自分をアピールすること、黙り込んでいないでどんどん話すことが非常に重要視されるのです。

 しかし、真面目であること自体は、決して“弱点”ではありません。

 私は、「計画された偶発性」も、真面目な人のほうが実は受け入れる才能があると考えています。

 偶発的な出来事があったとき……それが「やらざるをえないこと」だった場合、ひたむきで従順で真面目な日本人は、つべこべ言わずに「やる」のです。

 もちろん、その人の本意ではない仕事かもしれません。しかし、やらないとかっこ悪い、やらないと相手に悪い、だから無理してやる……。こんな日本人の「やせ我慢」的な姿勢は、ひとつの誇るべき姿勢でしょう。

 これは、「屋根の上に上げられた人が、それを受け入れて成長する」という様でもあります。

 たとえば万年課長の人が、何らかの理由で「君、今日から部長をやれ」と命じられる。まさに寝耳に水です。「え、急に部長なんて無理です」と思うことでしょう。しかし上は、「とにかくやれ」という……。

 そんなとき、ひたむきで従順、真面目な人は、懸命に「部長であろう」とするでしょう。新しい名刺と新しいデスク。最初はしっくりこなくても、まわりから「部長、部長」と呼ばれているうちに、ひたむきに部長であろうとしているうちに、行動や思考も変わり、部長然としてくるものです。

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