ビズアカ・インタビュー

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2016/2/24  (1/3ページ)

荏原製作所 内部統制推進室長

植松 暁子(うえまつ・あきこ)さん

 神奈川県出身。1992年上智大学経済学部卒業と同時に荏原製作所入社。精密・電子事業本部(現精密・電子事業カンパニー)に配属。海外営業、新設の子会社管理部門、金商法内部統制整備プロジェクトの勤務を経て、2015年から内部統制推進室長に。

 現在、企業の第一線で活躍する女性たちは、どのようなキャリアパスを積んできたのか――。昨年4月にダイバーシティ推進室を設立した荏原製作所。同社の事務系女性総合職第1号として1992年に入社した植松暁子さんは現在、内部統制推進室長として全社的な統括業務に当たる。そこには企業人として、また一人の女性として真摯に人生に向き合ってきた姿がうかがえる。

◇   ◇   ◇

 ――植松さんが入社した時代と現在とでは、会社や社会の女性に対する意識は随分と変わってきましたか。

 植松 男女雇用機会均等法が施行された後も、女性が会社でキャリアアップを図るには男性以上に仕事をバリバリこなす姿勢が求められた時代でした。就職活動中にも、「女性が総合職としてやっていくには男性以上の頑張りが必要」と先輩女性たちから言われました。それが今や、私の所属する内部統制推進室には6人の部下がいますが、男女とも育児や介護のための時差出勤、時短・休暇をとっていますので、隔世の感がありますね。コーポレート部門はそうした様々な働き方を実現するパイオニアにもならないといけないと考えています。

海外業務から内部統制へ 2度の出産機に仕事変化

 ――その間に会社の制度も、女性が働きやすいよう環境整備が進んできたのですね。

 植松 私は入社5年目に結婚し、その後2人の子どもを出産しましたが、長男の出産で産休・育休を半年とって復帰した時には、精密・電子事業本部において海外の子会社を管理する部署が新設されており、そこに異動となりました。周囲のサポートもあり、仕事の調整もしやすかったので保育園への送り迎えもできました。

 長女が生まれて、復帰して数年後、金融商品取引法に基づく内部統制報告制度施行に向けて、社長の肝いりの内部統制整備プロジェクトに関わる部署へと異動になりました。それが今の仕事につながっています。遅れていたグループ会社のガバナンス体制構築を含めた全社的な仕事です。当社は100年の歴史を背負い、全世界に有する拠点には多様な考え方があり、各拠点の状況を見ながら整備を推進していくのは大変な作業です。勤務時間はまた増えてきましたが、今は子どもも高校1年と小学6年になりましたのでなんとかこなしています。

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