【著者が解説】池上彰のやさしい経済学

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2012/6/29  (1/3ページ)

 今回はどのようにして現在のような円高になっていったのか、その経緯とメカニズムをみていきます。戦後の外国為替は1ドル=360円の固定相場が長く続きました。1973年に変動相場制へ移行してから円高の時代が始まり、現在は1ドル70円台になっています。この円高により日本企業の海外流出が問題となっていますが、円高が日本経済に与える影響とは一体どのようなものか考えていきましょう。

そもそも外国為替とはどんな役割をしているのでしょうか。たとえば日本がものを輸出すると、買い手である相手国は自国の通貨で支払いをしようとします。でも相手国の通貨をもらっても、円に換えなければ日本で使うことができません。そのため相手国の通貨と円をいくらで交換するのか決まっていなければ貿易は成り立たないのです。また、相手国がとても小さな国の場合、その国の通貨で支払われても円とすぐに交換できないこともあります。そのとき、どの国にとっても喜んで受け取れる共通の通貨があるほうが便利ですよね。その世界のお金が現在はドルなのです。

 第二次世界大戦前、世界のお金はポンドでした。当時イギリスは世界の海を制覇し、強い力を持っていました。ところが第二次世界大戦でヨーロッパは戦場となり、イギリスは国力を弱めていきます。そのあいだにすっかり世界で大きな力を持つようになったのがアメリカです。アメリカは戦場にならなかったため、世界中から物資の注文が殺到し、たくさんのお金や金(きん)が集まるようになりました。

 そんな中、1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州、ブレトンウッズという小さな町にあるリゾートホテルに世界45カ国の金融担当の関係者が集まり会議を開きます。もうじき戦争は終わる、貿易が再開されたときお金の支払いをどのようにするか、世界のお金をどうするかが話し合われました。当時、日本はまだ太平洋でアメリカ軍と死闘を繰り返していました。その最中、アメリカはすでに戦争後の世界経済の秩序について国際会議を開いていたのです。戦後の国際通貨体制のことを、この地名にちなんで「ブレトンウッズ体制」といいます。

 この会議により、世界のお金はドルになりました。そしてドルとそれ以外の国の通貨をそれぞれいくらで交換するという仕組みができます。戦後日本も、この体制に参加します。実はこのブレトンウッズでの会議のイギリスの代表は、あのケインズでした。彼は、世界のお金をアメリカのドルだけにするとやがていろいろな矛盾が起きてくる、それはやめるべきだと主張しました。ケインズは国際決済を行うための通貨「バンコール」をつくることを提案しました。しかし、イギリスの経済力はすっかり衰え、アメリカの経済はどんどん発展していたため、ケインズの主張は受け容れられませんでした。

 いま、アメリカのドルがずいぶん弱くなり、世界のお金がドルのままでいいのかと言われるようになってきています。ケインズの案を聞き入れていれば、いまのような国際通貨の混乱や不安は起きなかったかもしれないと言われるくらい、いまケインズ案は見直されています。

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