変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック

このあいだ、日本の犯罪が昨年は戦後最少になったという記事が出ていたわ。でも、治安が良くなったという実感があまり湧かないのはなぜかしら。

刑法犯の減少について、合川瑞穂さん(32)と山田さくらさん(41)が坂口祐一編集委員に話を聞いた。

 犯罪が減っているという記事を見ました。

「警察が認知、つまり把握した刑法犯の件数が2015年は約110万件と戦後最少になりました。過去最高を記録した02年の285万件以降、13年連続で減っています。刑法犯とは殺人や傷害、窃盗といった刑法に規定されている罪と、爆発物取締罰則やハイジャック防止法などに違反する罪をまとめてこう呼びます。特に殺人はここ数年、年間1000件前後で推移していたのですが、昨年は933件まで減りました。殺人に関していえば、統計上は戦後、最も安全な社会になったといえます」

なぜ減ったのですか。

「治安の悪化が言われ、多くの人が犯罪に遭わないよう気を配るようになりました。家のカギをより安全性の高いものにしたり、夜道を歩くときは気をつけたり。こうしたことだけでも犯罪は減ります。防犯ボランティアに参加する人の数は、03年の約18万人から14年は約278万人に増えました。これは人々の間に防犯意識が高まったことの証しでしょう」

「警察官を増やし、安全な街づくりのための条例を作るなど、政府や自治体も力を入れました。いまや全国に300万台とも400万台ともいわれる防犯カメラの存在も挙げられます。事件が起きると、昔は刑事がまず現場周辺を聞き込みに回るのが捜査の常道でした。いまではとにかく周辺のカメラの映像を集め、分析するのが最優先の作業になっています。防犯カメラは捜査を助け、犯罪の抑止にもつながっていると思います」

でも、犯罪が減った実感はあまりありません。

「刑法犯で最も減ったのが空き巣や自転車泥棒などの窃盗犯です。ピーク時の02年は約238万件でしたが、15年は約81万件と66%減少しました。逆に振り込め詐欺などの特殊詐欺は、10年の約6900件から15年は約1万3800件に増えています。また、児童買春・児童ポルノ禁止法、配偶者暴力防止法、ストーカー規制法の違反行為などは、刑法犯の統計に含まれません。刑法犯に比べて件数は少ないですが増加傾向にあります。こうした事件の被害者は子どもや女性、高齢者です。刑法犯全体の数が減っても、社会的弱者が危険にさらされているような社会では、治安の改善は実感できません」

「検挙率は昭和期と比べ、低迷しています。戦後最高は1953年の70.4%ですが、15年は32.5%とここ10年間は3割台です。犯罪を認知してから検挙するまでの平均日数も、06年の37日から15年は55日に延びています。理由の一つは、携帯電話やインターネットの普及で匿名性の高い事件が増えたことです。昔のように面と向かってだます詐欺なら犯人の風体はすぐわかりますが、電話一本、メール一通でだますような詐欺では、相手がどこの誰だかわかりません」

「ベテランの警察官がここ数年で大量に退職し、若手に入れ替わっていることも影響しています。捜査には経験が必要で、ベテランの技をいかに伝承していくかが大きな課題となっています」

今後、どんな取り組みが必要になりますか。

「時代にあわせた捜査の強化が求められます。その代表が科学捜査です。現場に残された痕跡から犯人を割り出すDNA型鑑定や防犯カメラの画像解析はすでに威力を発揮しています。IT(情報技術)の活用も重要です。以前起きた人気漫画をめぐる脅迫事件では、犯人は企業などにも脅迫状を送りつけていました。そこで警察は膨大なデータの中から、脅迫されたすべての会社のホームページにアクセスした不審人物をあぶり出し、事件を解決しました」

「日本版の司法取引や通信傍受といった新たな捜査手法の導入も目指しています。そのための法案が国会に提出されました。司法取引は企業犯罪や詐欺など一部の犯罪に限って適用し、薬物や銃器の密輸など4つの犯罪でのみ認められている現在の通信傍受は、振り込め詐欺などにも範囲を広げる方針です。ただ、こうした捜査手法は慎重な運用が望まれます」

ちょっとウンチク


家庭やネット、見えぬ実態
 戦後最少を記録した刑法犯の認知件数。だが減ったのは「目に見える犯罪」だけかもしれない。外からは内部が見通せないところで、統計には計上されない犯罪が増え続けているとしたら……。
 犯罪が起きているのに認知されない場所の一つに、「家庭」がある。被害を訴えることさえできない子どもたちが暴力を受けたり、放置されたりしている。繰り返される行為の一つ一つは「暗数」として表には出ず、子どもの死によって初めて明らかになる。
 「インターネット」もまた、実態が見えない世界だ。企業や個人の情報が漏洩し、悪用されても、当の本人が被害に気づかないケースは少なくない。気がついたとしても、世間体や被害回復の見込みがないことを考えると、口をつぐんでしまう。
 生きるよりどころである家庭と、ビジネスや生活に不可欠な場となった仮想空間。対極にあるような二つの世界で、静かに犯罪が積み重なっていく。統計だけでは治安は語れない時代、ということだろうか。
(編集委員 坂口祐一)

今回のニッキィ


合川 瑞穂さん 商社勤務。ジョギングにはまり、今月、ハーフマラソン大会に初挑戦する。「最長でも16キロしか走ったことがないので、まずは完走が目標です」
山田 さくらさん 主婦。延べ10年続けた看護師を昨年末辞め、今は充電期間中だ。「ジム通いしたり、いろいろなセミナーやイベントに参加したりしています」
[日本経済新聞夕刊2016年3月14日付]

新着記事

Follow Us
日経転職版日経ビジネススクールOFFICE PASSexcedo日経TEST

会員登録をすると、編集者が厳選した記事やセミナー案内などをメルマガでお届けしますNIKKEIリスキリング会員登録最新情報をチェック