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昨年、株価を操作した疑いで摘発された人や調査を受けた人がいたわね。不正取引にはいろいろな手口がありそうだけど、どうやって見つけているのかしら。

株式市場での不公正取引をテーマに、梶谷沙里さん(45)と奥村彩香さん(34)が北沢千秋編集委員に話を聞いた。

 不公正取引にはどんなものがあるのですか。

「一つは『インサイダー取引』で、重要事実を知る人が、その情報を利用して株式を売買し、利益を得ることです。『相場操縦』は、相場を意図的・人為的に変動させる行為です。例えば、売買が活発な銘柄であると皆に誤解させ、新たな注文を誘う取引です」

「『風説の流布』と『偽計』というものもあります。風説の流布は、噂や真偽不明の情報を意図的に流して株価を誘導しようとします。偽計とは、人を偽る詐欺的行為のことで、企業による不公正なファイナンスがこれに当たります。第三者割当増資の際、会社と増資の引き受け手が共謀し、増資をしたように見せかけるような手口です。東芝で問題になったのは『虚偽記載』です。業績や財務情報を記載する有価証券報告書など、上場企業が出す公的書類にウソを書くことです」

 昨年、相次いで相場操縦がニュースになりましたね。

「元仕手集団の代表者らが逮捕されたり、旧村上ファンドの村上世彰元代表のところに強制調査が入ったりしました。相場操縦には色々な種類があります。例えば『仮装売買』は、同一人物が同一銘柄の売り手と買い手の一人二役をして、相場が盛り上がっているように装い、他人の注文を誘います。『なれ合い売買』の場合、複数の人が、売り手役と買い手役に分かれます。『買い上がり』は高値の買い注文をどんどん出し、『この銘柄は人気だ』と誤解させ、買い注文を誘います」

「『終値関与』は取引終了間際に注文を出し、終値を高くつり上げておいて翌日、『昨日、高くなっていた』との理由で買い注文を誘います。『見せ玉(ぎょく)』は、取引するつもりのない買い注文を次々出します。取引が成立しそうになると注文はキャンセルします。買い注文をたくさん入れて『この銘柄は強そうだ』との印象を与え、注文を増やす手口です」

 どこが、どうやって把握・摘発しているのですか。

「金融庁に置かれた証券取引等監視委員会です。市場の公平性や透明性の確保、投資者保護などを目的に1992年に発足しました。監視委の市場分析審査課では年間6000件もの一般からの情報提供のほか、ネット上のブログなどをチェックしています。証券取引所や日本証券業協会などからも情報を集めます。取引所から業績予想修正の発表前の株価の急騰・急落など不審な取引情報の提供を受けると、証券会社から個別の注文データを入手します。取引審査の対象は年間約1000件に達します」

「法令違反の疑いの強い案件は調査部門に回ります。取引調査課では立ち入り検査などを実施し、金融庁に行政処分を勧告します。同庁の審判を経て、課徴金納付命令が出ます。2014年度の勧告件数は50件で課徴金の総額は11億6798万円でした。悪質と思われる事案は、強制調査権がある特別調査課が扱います。同課は、検察官に刑事告発するので、違反者は懲役刑になる場合もあります」

 今後の課題は何ですか。

「一つは取引高速化への対応です。東京証券取引所の売買システム『アローヘッド』は1秒間に5万件以上の注文を処理できます。コンピュータープログラムを使い大量の取引を高速で行う超高頻度取引(HFT)業者も登場し、市場では、取引の高速化で見せ玉が増えているのではとの懸念の声があります。グローバル化への対応も課題です。日本市場の売買の6割は外国人投資家が担っています。ただ、監視委は海外での調査権限がなく各国の機関と連携して調査しています」

「監視委も体制強化に動いています。当初の約200人から昨年は約760人にまで人員を増やしました。高速取引をにらみIT(情報技術)の専門家もいます。グローバル化では国際取引等調査室を設置しました。日本市場の活性化には、投資家の裾野の拡大が欠かせません。個人でも安心して投資できる透明性の高い市場の確保が重要となっています」

ちょっとウンチク


高速取引への対処課題
 今では考えられないが、日本の株式市場は1980年代まで「インサイダー天国」と呼ばれていた。インサイダー情報を利用して、ひともうけしようという不公正な取引が横行していたからだ。
 88年の証券取引法(現金融商品取引法)改正で同取引に対する罰則規定が盛り込まれたのに続き、92年に証券取引等監視委員会が発足。監視委は小口の不正取引にまで目を光らせ、「天国」の汚名返上に大きく貢献した。
 仕手筋と呼ばれる投機家集団が株式市場で存在感を失ったのも、監視委が登場してからだ。バブル崩壊の痛手に追い打ちを掛けるように、買い上がりや風説の流布など仕手筋の常とうの手口が封じられ、身動きが取りにくくなった。
 仕手筋同士がぶつかるドラマチックな攻防戦は市場から姿を消して、今ではコンピューターによる無機質なプログラム取引が日々の売買の主流となっている。可視化できない高速取引をどう監視するかなど、監視委には新たな課題が突きつけられている。
(編集委員 北沢千秋)

今回のニッキィ


梶谷 沙里さん グラフィックデザイナー。三味線が趣味で、昨年末からは端唄にも挑戦し始めた。「つい譜面に気を取られ、弾きながらうたうのに苦戦しています」
奥村 彩香さん 監査法人勤務。ふるさと納税のおかげで、家が牛肉などの食材やビールであふれている。「ホームパーティーを開いて、みんなで楽しく頂きます」
[日本経済新聞夕刊2016年1月18日付]

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