語学達人への道

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2012/10/25  (1/4ページ)

インタビューに答える同時通訳者の小熊弥生さん(東京都渋谷区のカフェで)インタビューに答える同時通訳者の小熊弥生さん(東京都渋谷区のカフェで)

 「TOEICテスト280点だった私が半年で800点、3年で同時通訳者になれた42のルール」(幻冬舎、2011年)の著者、小熊弥生(おぐま・やよい)。取材場所に選んだのは東京都渋谷区にあるおしゃれなカフェ。自宅の近くにあり、よく訪れるという。小熊の2冊の本も置いてある。リラックスした雰囲気の中、つらかった少女時代、短大時代にとった大胆な行動、所持金6円というどん底の生活、そして同時通訳者になるまでの道程などを、赤裸々に語ってくれた。

 「ジャスダンスのレッスンを受けています。1日90分、自分へのご褒美として。英語のことを考えない時間です」。取材は意外な話から始まった。実は6年前から習っていた。しかし11年に本が売れ出すと、原稿依頼や取材が増え、もともとほぼ毎日入っていた通訳の仕事とあわせて仕事の負荷が増え、ダンスに通う時間がなくなった。激務と運動不足で体調を壊してしまった。

 「12年2月のことです。体重が10キロも増えてしまい、免疫力も落ちて、仕事に穴を開けてしまったのです。インフルエンザにかかって、外出できなくなり、ある大使館での仕事を優秀な友人に代わってもらいました。大使にインフルをうつすわけにはいかないですから。しかし、通訳の仕事は資料や単語集を作るところから始まるので、本来、交代は許されないのです」。こんな苦い経験から、体調管理の大事さを学んだ。そこでもう一度ダンスをやろうと思ったのだ。

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