インテリジェンスの正式な一員になった高橋広敏氏(現社長)は、宇野康秀氏(現USENグループ会長)らの命を受けて、人材マーケットへのチャレンジを加速していった。インテリジェンスもジャスダック上場を果たすまでに成長した。しかし、この時、高橋氏を大きな試練が待ち受けていた。そして、その試練を通して、高橋氏は大切なことに気づかされた。
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インテリジェンス代表取締役兼社長執行役員 高橋広敏氏 |
「宇野さんは私の報告書を読んで、人材派遣事業に取りかかれと言う。結局、人材派遣業の申請を出す仕事を宇野さんと一緒にやって、3月には免許が下りました。私も大学を卒業できたということで、4月にインテリジェンスの正社員になりました」
人材派遣事業は、それから宇野氏、島田亨氏(現楽天取締役常務執行役員)、高橋氏の3人で当たった。読みは的中し、2年たった1997年にはインテリジェンスの人材派遣が月商3億円ほどになり、次年度は40億円に達すると予測できるまでになった。この年は社会的にも、それまで短大卒業者が就くことの多かった事務職を派遣スタッフが担うという現象が定着し始めていた。
翌98年、実際には派遣事業で約60億円を売り上げ、予測を大きく上回るまでに急成長を遂げた。しかし、息つく暇もなく、宇野氏は人材紹介業の調査を命じ、これも間もなく事業化にこぎ着けた。「困難の中で活路を見いだした事業ですが、これによって初めて連続的に仕事を頂けて、安定的に成長できる“インフラ”といえる事業を持てたと実感できました」。
インテリジェンスは2000年にはジャスダック上場を果たすまでに成長し、以後の数年間は人材関連企業のM&A(合併・買収)を活発に行った。高橋氏は01年、常務取締役になった。そして、06年7月、インテリジェンスはさらに新しい段階を迎えることになった。学生援護会との経営統合だ。
ところが、そこで高橋氏は“苦い薬”を飲むことになる。

