仕事人秘録セレクション

改善魂やまず(24)――自力で考える若手を育てよ

 常に現地現物。  大野耐一氏、鈴村喜久男氏は我々に何を残してくれたのかをお話ししたくて、私がどんな環境で育ち、どんな指導を受けてきたかを述べてまいりました。総括してみますと、両氏は我々に手段や方法…

改善魂やまず(23)――金融危機後、原点へ回帰

 突然、取締役に。  2008年に発生した米リーマン・ショックで世界経済が大混乱、自動車生産も大幅減となりました。超円高とバブル時代の投資…

改善魂やまず(22)――価値ある異業種との出会い

 異業種にトヨタ式を導入。  1982年、ウシオ電機の社長だった木下幹彌さんがウシオ電機を立て直し、社長を降りられました。その際、株式会社…

改善魂やまず(21)――インフラ整備、10日で終了

 前提を変えろ。  東日本大震災で被災したマイコンメーカー、ルネサスエレクトロニクスの支援では当初、復旧には2011年いっぱいかかるとのこ…

改善魂やまず(20)――東北復旧で再び前線へ

 2007年7月16日、中越沖地震が発生。  地震の規模は大きくなかったものの、エンジンに使うピストンリング専門メーカーのリケンが被災。全…

改善魂やまず(19)――トヨタ方式 海外でも評価

 トヨタ生産方式(TPS)を海外に伝道。  毎月1回、海外出張する生活が続きました。海外でも現地現物でものを見て考え、行動する文化を定着さ…

改善魂やまず(18)――阪神大震災 復旧の最前線に

 阪神大震災が発生。  1993年、高岡工場(愛知県豊田市)の改善にメドがついた頃、生産調査室で世界展開を図れという辞令が出ました。北米通…

改善魂やまず(17)――文句の中に改革のタネ

 1991年、高岡工場(愛知県豊田市)総組み立て部に部長級主査として異動する。  赴任した日に工場長(役員)に呼ばれ部屋へ行くと、第2世代…

改善魂やまず(16)――「なぜ」突き詰め真因にいたる

 1988年、米ケンタッキー工場で生産開始。  ケンタッキーの張富士夫社長(当時)から製造課長の私に「問題解決の教材をつくれ」と指示があり…

改善魂やまず(15)――「若い時の汗と恥は大切」

鈴村喜久男氏らの後を継ぐ。  1987年に元町工場(愛知県豊田市)機械部の次長に昇格し、その翌年に生産調査室の主査(次長級)となりまし…

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