MBAはこう使う!

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2016/2/15  (1/3ページ)

 MBAを目指すのは、ビジネスパーソンとは限らない。神戸市を本拠とする医療法人おひさま会の山口高秀理事長(41)は、自ら開業した在宅医療クリニックの事業を拡大するため、グロービス経営大学院の門をくぐった。高齢化が猛スピードで進み、在宅医療の充実が叫ばれる中、MBAを武器に在宅医療の推進に取り組む。

■大阪大学医学部を卒業後、同特殊救急部に入局し、重篤な患者を治療する救命救急センターで働き始めた。

 医者を目指したのは、子供のころ、かかりつけの近所の診療所の先生にあこがれたからです。たまたま勉強もできたので、予定通り医学部に進みました。

 卒業後は、患者に最初に接することができる医療現場の最前線で働きたいと思い、希望して救命救急センターに配属してもらいました。勤務地は実家に近い大阪南部。場所柄、大けがをした労働者や刃物で刺された人など、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際という人がけっこう担ぎ込まれてきて、そういう意味では期待通りの職場でした。

 ところが 徐々に救命救急センターを取り巻く環境が変わり、それに伴い仕事に対する私の考えも変わり始めました。

 例えば、労働環境の改善で労災が減少。シートベルトの装着の徹底や飲酒運転の取り締まり強化で、交通事故で瀕死の重傷を負う人も減り始めました。

 一方で、高齢化の進行に伴い、終末期のがん患者が息が止まったといって担ぎ込まれてくる。あるいは、80歳ぐらいの高齢者が誤嚥性肺炎で運ばれてくる。私が救命の仕事に抱いてきたイメージや受けてきたトレーニングの内容と、実際の患者の病状が、ミスマッチを起こすようになっていました。

 別の問題にも気付き始めました。救命救急センターに運ばれてくるような患者は、一命を取り留めたとしても、何らかの障害が残ってしまうケースが多いのです。再入院や通院が必要となり、病院はそういう患者であふれていました。患者にとっても、一生、医療の手を借りながら生きていかなければならない。救急医をやめるときがきたら、そういう患者さんたちの面倒をみるためのクリニックを作れないかと、考えるようになりました。

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