MBAはこう使う!

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2015/12/21  (1/3ページ)

 中小企業向け会計ソフトでトップのシェアを誇る弥生。その弥生の経営強化を投資ファンドから託されたのが、現社長の岡本浩一郎氏(46)だ。2008年の就任以来、同社を成長軌道に乗せ、消費税率改定、マイナンバー導入の追い風も吹く。だが、新興勢力の追い上げも激しい。米国へのMBA留学で培った同氏の経営手腕に注目が集まる。

■オタク趣味が高じて、野村総合研究所(NRI)に入社した。

 子供のころからコンピューター・オタクでした。中学時代はポケットコンピューターをいじって遊び、高校時代はパソコンを買って、自分でプログラミングをしていました。ガンダムの影響で、ロボットを作りたいと思うようになり、東京大学工学部に進みました。

 大学でも、コンピューター雑誌でライターのアルバイトをするなど、オタクぶりは相変わらず。ただ、学校の勉強はほとんどしなかったので、3年進級時に、希望する機械工学に進めず、反応化学に進みました。

 でも、これが結果的に正解。化学といっても、たまたま品質管理の観点からコンピューターを中心に扱っている研究室に入ることができました。その流れで、コンピューター関係の仕事ができるNRIに入りました。当時はバブル真っ盛りで、会社選びはよりどりみどりでしたが、NRIを選んだ決め手の一つは、海外留学制度でした。

 実は、子供のころから海外へのあこがれがありました。父は海外駐在が長く、家には父が買ってきたエキゾチックなお土産があふれていました。母は国際交流活動のようなことをしていて、いろんな国の人がよく家に遊びに来ていました。それで何となく、いつかは海外に出たいと思うようになったのです。

 海外留学は、最初は単なるあこがれに過ぎませんでしたが、仕事をしていく中で、留学に対する目的意識が出てきました。

 まず、社会人になって、大学時代にもっと勉強しておくべきだったと非常に後悔しました。もう一度きちんと勉強したい。それが第一の動機です。

 二つ目の動機は、仕事を通じて、経営への興味を持ったことです。仕事は、当初はエンジニアでしたが、「お前は弁が立つから」とか言われ、途中から営業的な仕事も任されました。英語もそれなりにできたので、外資系ベンチャーと仕事をする機会も増えました。ベンチャーはフラットな組織なので、トップの人とも気軽に話ができました。彼らと接するうちに、自分も、権限を持ってビジネスを切り盛りしたい、そのためにも、ビジネススクールに行きたいと思うようになりました。

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