MBAはこう使う!

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2016/2/29  (1/3ページ)

 日米を拠点とするM&Aアドバイザリー会社GCAサヴィアンの阿部美紀子ディレクター(42)は、もともと不動産鑑定士。不動産金融工学を学ぼうと入った一橋大学のビジネススクールでM&Aの世界を知り、在学中に現在の会社に転職した。在学中に2度の出産も経験。仕事、子育て、ビジネススクールという三足のわらじを履きながら、どうキャリアアップを果たしたのか。

■大学卒業時は、就職氷河期の真っただ中だった。

 慶応義塾大学経済学部でしたが、就職は大変苦労しました。バブルがはじけ、就職氷河期の時代。女子学生は特に厳しく、何か資格を持っていないと就職できないとも言われ、いわゆるダブルスクールが流行。周りにも公認会計士や税理士を目指す人が何人もいましたが、私は不動産に関心があったので、在学中に国家試験の不動産鑑定士を受験し、合格しました。

 不動産鑑定士は、試験に合格しても、不動産関係の実務経験がないと鑑定士として登録できません。就職先としては銀行にも興味がありましたが、せっかく取った資格を生かしたいと思い、不動産鑑定で最大手の財団法人日本不動産研究所に就職しました。

 一般に知られている不動産鑑定士の仕事は、銀行や企業から依頼を受けて土地や建物の査定をし、鑑定評価書を作るというものですが、私が配属されたシステム評価部は、銀行などが全国に所有する不動産や役所が固定資産税を徴収するための評価をコンピューターで簡単に計算できるようにするための計算式や仕組みを作るのが、主な仕事でした。

 日本不動産研究所には7年いましたが、その間、日本の不動産市場に大きな変化の波が押し寄せていました。2001年には、日本独自の不動産投資信託市場「J-REIT」が創設され、それと前後して、外資系不動産会社が日本企業を買収する動きも出始めました。不動産金融工学という聞きなれない言葉も、ひんぱんに耳にするようになりました。不動産の概念が、大きく変わりつつあったのです。

 不動産業界に身を置いてその変化を実感した私は、今後の自分のキャリアのためにも、不動産を金融という側面からもう一度勉強し直してみたいと思うようになりました。それがMBAを取ろうと考えたきっかけです。

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