変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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 開業医として働く傍ら、ビジネススクールに通い始めた山口高秀氏。その過程で在宅医療スタッフの派遣サービス会社を起業する。ゆくゆくは海外展開まで視野に入れる起業とその経営は、ビジネススクールで身につけたマクロ的な視点が大きな支えになっているという。

授業で学んだことは、クリニックの経営に即、応用した。

授業で特に面白いと感じたのは、組織行動学です。ベタな表現ですが、理屈では人は動きませんよ、ということを学びました。例えば、ある会社の組織がうまくいっているからといって、その組織を自分の会社でそっくり真似しても、絶対にうまくいかない。大切なのは組織の形ではなく、日々の運用です。そして、それを支えるリーダーシップについても学びました。言葉づかいや顔の表情、しぐさなどウエットな人間関係が大事だという教えが、すごく面白く感じました。

私は習得した知識はすぐに試したくなる質なので、組織行動学の授業で学んだことを翌日、職場で試したことも結構ありました。すると、「山口先生、急にニコニコし始めて、また、なんか勉強してきたんちゃう?」などとスタッフにからかわれるのですが、それこそが授業の成果だったと思います。

別の授業で企業価値について学んだ時は、後日、自分のクリニックの企業価値を実際に計算したりしました。また、在宅医療を支えるデータベースを構築するITビジネスの起業プランを考えたり、資本政策を作ってシミュレーションしたりもしました。企業価値を計算してみると、開業時に比べて事業の価値が倍になっていることがわかり、成長を実感。また、それまではお金のことなど全然わからなかったのに、「今の金利だったら明らかに資本コストが低いから、銀行から借りられるだけ借りたほうが得だな」などと、普通に考えるようになっていました。

グロービスの学生だった2010年、在宅医療スタッフの派遣サービス会社「おひさまネットワーク」を立ち上げた。

組織行動学と同じくらい面白かったのが起業論です。起業家精神とは、現在の状況を当たり前と思わず、現在の状況で解決できない問題を、自己の現在の資源制約を超えて解決しようとする意志や決意のことですが、それは病院経営にも応用できると思いました。その起業家精神の発想で作ったのが、おひさまネットワークです。おひさまネットワークは、在宅医療そのものの供給量が足りないという問題をどう解決するかという問題意識からスタートしています。

当時は、在宅医療を求める患者が急速に増える一方、在宅医療サービスを提供する医者が大幅に足りないという問題が顕在化し始めていました。でも、周りを見ると開業医は大勢いる。要は、医者はいるが、医者と在宅医療を望む患者をマッチングさせたり、医者の在宅医療サービスをサポートしたりする事務スタッフがいないので、医者が在宅医療サービスをしたくても、できなかったのです。

だったら、在宅医療に関心のある開業医に在宅医療専門の事務スタッフを派遣したらどうかと考えました。そこで、医療事務スタッフを医療機関から切り離して株式会社化し、さまざまな医療機関と協力・連携して活動できるようにしました。それがおひさまネットワークです。

おひさまネットワークは、単に事務スタッフを派遣して医者のサポートをするだけでなく、ホーム看護ステーションやケアマネジャー、薬局など地域のリソースを上手に調整しながら活用するコーディネーターとしての役割や、情報のハブとしての役割も担っています。そのための独自の情報システムも開発しました。

在宅医療に関心のある医者は誰でも、おひさまネットワークに参加すれば在宅医療をすることができます。患者の視点から言えば、おひさまネットワークを利用すれば、在宅医療をより受けやすくなります。つまり、おひさまネットワークは、ビジネススクールの授業で学ぶところのプラットフォーム戦略として展開を試みています。

繰り返しになりますが、起業家というのは、「自分の資源の制約を言い訳に、自分のやりたいことをあきらめずに、やり続ける人」のことです。これはグロービスのいろいろな先生に言われた言葉です。おひさまネットワークだけでなく、新しいことをやろうとする時は、いつもこの言葉を励みにしています。

医療法人おひさま会は現在、山口氏が院長を務めるやまぐちクリニックを含め、兵庫、神奈川両県内にあわせて5カ所の在宅医療クリニックを展開する。

今後は、両県以外にもクリニックを作って全国展開したいと考えています。神奈川にもクリニックがありますが、立ち上げ時のビジネスパートナーがたまたま神奈川県内のクリニックで事務長をしていた経緯からで、戦略的なものではありません。いずれは、海外にも進出したいと考えています。国によって医療の位置づけは違いますが、患者一人ひとりにオーダーメードで対応する在宅医療のやり方は、どの国でも同じはずで、私たちのノウハウが生かせると考えています。

さらには、診療所相手の経営コンサルティングにも興味があります。開業医が、みんな本当に経営をわかっているかといえば、そうとは限りません。充実した診療報酬制度のお陰で、経営に必ずしも詳しくなくても、医療機関を運営できているというのが実態です。でも、在宅医療のような地域密着型の医療は、画一的な国の制度の下ではうまくいかない部分もある。そこにニーズがあると確信しています。

私はもともと医者ですが、経営者としての仕事もだんだん増えてきて、いまはどちらの仕事にも面白さを感じています。患者と向き合う医者としての仕事には手触り感があります。患者から感謝され、なかなか良くならない時は、不満を口にされることもあります。いずれにせよ、患者と直接やりとりできる楽しさがあります。

一方、経営は、全体を俯瞰しながら、問題の原因を考え、大局的な判断を下す仕事です。これはこれで醍醐味があり、別の種類の楽しさを味わえます。こうしたミクロとマクロの両方の視点を持って仕事ができるのは非常に楽しいことですし、私の強みでもあると思います。

振り返ると、ビジネススクールというところは、考えるための様々な道具を与えてくれる場所だったと思います。まだまだ私としては、この道具を上手く使いこなせているかどうか、わかりません。しかし、自分の夢を実現するために必要な道具のいっぱい詰まったツールボックスを手に入れることはできました。後は自分で試行錯誤しながら、自分の作りたいものを完成まで持っていく。それがMBAを取るということではないでしょうか。

インタビュー/構成 猪瀬 聖(フリージャーナリスト)

[日経Bizアカデミー2016年2月22日付]

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