私の履歴書 復刻版 松下幸之助

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2012/1/16  (1/2ページ)

創業50周年記念式典で夫人とともに創業50周年記念式典で夫人とともに

 大正7年、小さな借家の土間で、ソケットづくりから始まった松下電器は、盛業のうちに、昭和43年5月、創業50周年を迎えた。思えば、50年前に私ども夫婦はささやかな姿で仕事を始めたが、当時は、その仕事が今日のように大をなすとは夢にも考えていなかった。ともかくも生活の道をという、日々の切実な考えで仕事を始めたのである。しかし、やるからには一生懸命やらなくてはならない、と心に決めて、時間を超越して朝早くから夜遅くまで仕事を続けた。家内も、約16年間は工場と住まいが一緒だったので、一方で仕事を手伝い、一方で住み込み店員の世話をするという姿だった。

 こうして、創業当時2、3人で始めた仕事も、5年たったときは従業員が100人ぐらいになっていた。そこで私は、世間並みに5周年の行事をやろうかと思ったが、しかし5周年をやっても10周年ができないようなら何もならないと思ったので、10周年まで待つことにした。10周年のときも同じような考えから延ばしてしまった。20周年のときは、事業も順調に伸びてきて何千人という従業員がいたから、こんどこそ記念式典をやろう、と思ったのだが、これもやめてしまった。25周年は戦争中のことでもあり、とてもできる状況ではなかった。30周年のときは、敗戦後の凍結令などによって企業活動が拘束され、どうにも動きがとれなかった。

 その後、松下電器の再建がようやく軌道に乗り始めた昭和28年に創業35周年を迎えたのであるが、このときは年頭から約束もし、ぜひやろうという意気込みに全員燃えていた。ところがたまたまこの年の9月に、オランダへ出張した途上、オランダを見、ドイツの再建ぶりを聞いて、われわれの考えはまことに甘いものであり、まだまだ満足すべきものではない。記念式典も意義のあることだが、国のため、業界のために経営の基盤がもっとしっかりしてからでも遅くない、と思ったので、急きょ、オランダから電報を入れて延期することにし、2年後の昭和30年になって、初めてささやかに創業35周年の記念式典を行なったのである。

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