私の履歴書 復刻版 松下幸之助

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2012/1/19  (1/4ページ)

万博「松下館」の開館でテープを切る万博「松下館」の開館でテープを切る

 昭和43年10月、私はたまたま四国の高知県へ行く機会があった。関西の経済界が高知県の経済人と合同会議を行なったのに参加したわけだが、会議後の懇親会で、地元の人から「われわれはいま非常に寂しい思いをしている」という話が出された。

 寂しいとはどういうことかな、と思ってよく聞いてみると「高知県の人口は年々7000人ほど県外へ流出している。10年前には90万人近かった人口が、今日では80万人に減ってしまった。しかも、その傾向はさらに強まり、特に将来をになう若者が、どんどん都会へ出て行ってしまい、中には一つの村全部が消滅してしまったところさえある。われわれ地元で事業をやっていても、県の人口が減るということは、なんとはなしに寂しい。このままでいったら将来どうなるのだろうかと、不安である。なんとか人口を維持し、この県をより発展させる道はないものかと思案している。しかし、われわれ県民の力だけでは力及ばず、どうすることも出来ない」ということであった。

 ところが、われわれが住む大阪ではどうかというと、こちらはしだいに人口がふえてきて、いまではふえすぎて困るぐらいである。これ以上ふえたら過密状態になって、身動きがとれなくなるのではないかと頭を悩ましているのが現状なのだ。だから、人口が減って寂しいと感じることなど、お互いに夢にも考えたことがない。そこへそんな話を聞いたものだから、非常に胸を打つものがあった。

 なるほど、高知県の人たちの立場になって考えてみたら寂しいことだろう。もし大阪で、どんどん人口が減っていくと想像してみたら、やっぱりそんな感じになるな、とつくづく考えさせられたのである。

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