私の履歴書 復刻版 松下幸之助

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2012/1/12  (1/2ページ)

創業50周年記念式典で夫人とともに創業50周年記念式典で夫人とともに

 松下電器が創業50周年を迎えた昭和43年は、くしくも日本の明治100年に当たった。この記念すべき年の初めに、突如としてアメリカのロストウ国務次官が、ジョンソン大統領の特使として来日し、アメリカのドル安定の面について日本の協力を求めてきた。2日に来日し、4日には離日するというあわただしい日程だったが、私はそのとき「これはだいぶアメリカの様相が変わってきたな。ちょうど100年前には、黒船が日本にやって来て開国を迫ったが、それからみると大変な違いやな」と、感慨ひとしおであったことを覚えている。

 と同時に“昭和元禄”という言葉が流行し始めたころで、国民はしだいにぜいたくに慣れ、日本はあげて、太平ムードに酔っていた。そんななかで私は、明治100年の年頭にあたり、自らを引き締める意味もあって、経営方針発表会で従業員に“昭和維新の志士”になろうと、次のように呼びかけたのである。

「本年は、わが社の創業50周年であると同時に、国家として明治100年に当たります。明治は、政治、産業、教育の各面で、新しい近代的な感覚のもとに国家の経営に入ったと申していいと思います。以来、国内の整備、発展に努め、戦争などいろいろの起伏もありましたが、そういう起伏を乗り越えて、線でこれを結びますと、結局、上昇の一途をたどってきました。そして、100年たった今日、日本は多くの点において大きく脱皮、発展をみたと言っていいと思います。

 この記念すべき明治100年の正月に、現在、世界の繁栄の中心をなしているアメリカから、大統領の特使が派遣されてきました。最近、アメリカの経済も、なかなか安泰ではあり得ない、ドルの安定を図るとか、その他経済上の問題に関しましても、日本にも協力をしてもらいたい、という意向が伝えられたのです。100年前は、あらゆる外国の知識を吸収するために、海外に援助を求めなくてはならなかったのですが、明治100年のこの年の正月に、世界第一の実力のある国、アメリカから頼られる国となったことは、まことに意義深いことであります。アメリカから頼られるというのは、とりも直さず、世界から頼られる国になったと言ってもいいでしょう。

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