私の履歴書 復刻版 松下幸之助

第9回 会社再建めざし米国視察

 私はかつて昭和31年に、この欄(「私の履歴書」)で、少年時代から戦後の会社再建にスタートするまでをお話ししたことがある。しかし、それか…

第8回 労組の擁護運動で追放取りやめ

 統制時代からやがて戦時へ。次第に資材や機械がなくなってきた中で、軍の生産だけはなんとか続けていた。このうち忘れられないのは木造船と木製飛行…

第7回 発展時代

 ラジオ界への進出と同時に、乾電池を直営にした。昭和5年、ランプの需要はますますふえ、ランプは月20万個、電池は月100万個が売れていた…

第6回 昭和2年の恐慌

 話は昭和の時代に入る。当時は電熱部門を設けたり、アイロンを造りはじめたり、先の砲弾型の代わりに今日の角型ランプを売り出したことなどがあ…

第5回 松下電器の運命をかける

 新しく移った大開町の家で、まず手がけたのは「アタチン」(アタッチメント・プラグ)であった。私の工夫したのは古電球の口金を応用したもので…

第4回 創業時代

 24歳の春、私は電灯会社の検査員に昇格した。私の昇格は異例なほど早く、この検査員は工事人仲間にとって一つの出世目標だった。この仕事は担当者…

第3回 電灯会社時代

 自転車屋の奉公は6年間、17歳のときまで続いた。このころ私は自分の進む道を一生懸命に考えた。これはいま考えるといささか噴飯物【ふんぱんもの…

第2回 小僧時代

 火鉢屋の小僧をしている私の給料――といっても小遣いだが――は毎月1日、15日の2回に5銭ずつだった。しかし私が家にいたときは、5銭とい…

第1回 父が米相場で失敗

 私の少年時代はむしろ小僧時代という呼び方が当たっているかもしれない。家運の傾いた家に育った私には幼いときの楽しい思い出は少なく、苦労の…

<< >>