私の履歴書 復刻版 安藤百福

最終回 共生の世紀 粗食とゴルフの日々 駆け抜けた人生、悔いなし

 「宇宙世紀 優劣共生」  2001年の元旦、恒例になっている年頭所感を社員や取引先に配った。長い冷戦の時代が終わり、宇宙では米国とロシアが協力して宇宙ステーションの建設にあたっている。人類の夢に向…

第28回 平成の2大事件 大震災、100万食を提供 東食倒産、取引再開で支援

 時代は平成に入って、今まで経験したことのない事件が、二度も私の身辺で起こった。阪神淡路大震災と取引商社、東食の倒産である。  199…

第27回 会長就任 ラーメンの源 探る旅 中国全土、300種類食べ歩く

 1985年(昭和60年)、経営陣の若返りを図るため、息子の宏基に社長の座を譲り、私は代表権のある会長として残った。社長は37歳だった。社内…

第26回 食足世平 25周年迎え思い新た スポーツ振興へ財団設立

 カップライスには失敗したが、幸いにして経営に与える影響は小さかった。私はもう余計なことに手を出さないで、本業のインスタントラーメンの仕事に…

第25回 名誉ある撤退 前評判裏切り 不人気 カップライス、早々見切り

 「あの時にこれがあったらなあ。戦地では火がたけなかったから、干飯(ほしい)をかじって頑張ったものですよ」。衆院議員の園田直さんが、感に堪え…

第24回 特許紛争再燃 実用新案、27社に公開 「カップライス」でつまずき

 「羽が生えたカップヌードル」。発売から一年がたって新聞がそんなふうに報じたように、カップヌードルはチキンラーメン以来の大ブームを巻き起こし…

第23回 浅間山荘事件 隊員の食事、大写しに テレビ・新聞で大きく報道

 1971年(昭和46年)9月、自信を持って発売したカップヌードルだったが、スーパーや小売店には並ばなかった。私は若手の営業社員にチームを組…

第22回 「中間保持」 めん固定 逆転の発想 問屋支援なく出だし苦戦

 カップヌードルの開発は山を越えたと思ったが、さらに大きな山が控えていた。上が広く、底の方が狭い容器にめんを収めるのが大変難しかった。めんを…

第21回 カップヌードル 開発に偶然積み重ね 容器・ふた、難関次々克服

 欧米人はハシとどんぶりで食事をする習慣がない。海外視察の旅でつかんだ最も大きなヒントがそれだった。即席めんを世界商品にするために、めんをカ…

第20回 アメリカ日清 3分で「即席」合弁決意 味の素と三菱商事加わる

 1960年(昭和35年)の夏、味の素の会長だった三代目鈴木三郎助さんが、高槻工場にひょいとお越しになった。生産設備を興味深げにご覧になり「…

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