私の履歴書 復刻版 本田宗一郎

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2012/3/12  (1/4ページ)

 E型エンジンの完成でドリーム号の評判は上がったが、当時としてはまだ高価すぎて簡単に普及するというわけにはいかなかった。そこで私は、もっと普及させるにはどうしたらいいかと考えた。なんといっても圧倒的に広く普及しているのは自転車である。そこで自転車に代わるようなオートバイを作らねばダメだと思った。

 これまでモーターバイクに使ってきたエンジンは、戦時中軍隊が使っていた通信機用エンジンの廃物利用から出発しているものだったから、重いし、能率も悪かった。こんどは自転車につけるエンジンを、とはじめからその目的で研究し、作ったのがカブ号のエンジンである。白いタンクに赤いエンジンというこのデザインは私が考案した。

 私は最初デザインというものは芸術家でなければできないものだと思い込んでいた。しかし、よく考えてみるとどうもそうとばかりは言い切れないような気がし出した。たとえば私の小僧時代、カフェーの女給さんはエプロンがけに髪は耳かくしというのが流行だったが、いまどきそんな格好で銀座を歩いたら、あまりに古典的すぎて気違いじゃないかと思われてしまう。つまりデザインというのは芸術と違って過去も未来も悪くたってかまわない。ただ現在の人にのみアピールすればいいんじゃないかと考えた。

 それなら私は人なみ以上にいろいろな方面に手を出し遊び歩いてもいる。おでん屋ではノミやシラミのようにのれんに頭をかくし、しりを出して酒も飲み、大衆の心は人一倍理解しているつもりだとうぬぼれていたから、そういう意味のデザインならおれもできると思って始めたのである。ところがカブ号のデザインを作ってみると案外の好評だったので、これならいけるぞと、この考え方に私はいっそうの自信を持つようになった。大衆はデザインを自分で考案しないが、すぐれたものをかぎわけ理解し、選び出す力を持っているのである。

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