私の履歴書 復刻版 本田宗一郎

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2012/3/19  (1/3ページ)

英国マン島のTTレース。英国マン島のTTレース。

 さて、英国のマン島では毎年世界各国の優秀なオートバイ関係者が集まり技術を競うTTレース(ツーリスト・トロフィー・レース)というのがある。420キロを一気に突っ走るたいへんなもので、ここで優勝することはオートバイ関係者の夢であり、誇りともなっている。そこで私もこのレースにいどもうと決意、29年(1954年)3月、このレースに参加する旨、代理店の人たちに宣言した。

 これは2つの意味があった。1つはこのTTレースに参加して優秀な成績を得ないかぎり、世界のオートバイ市場をイタリア、ドイツなどから奪い取ることは不可能であり、先に私が目標を決めたような技術のレベル・アップによる輸入防止の念願達成はできないということ。もう1つは、少しセンチメンタルかもしれないが、敗戦直後の日本人の心にほのぼのとした希望を与えてくれた古橋広之進選手の水泳における大活躍を思い出したのである。

 汽車の窓ガラスを破って乗り降りしたようなあのすさんだ時代に、彼の世界一の記録はどれほど国民を慰め勇気づけたかしれない。私には古橋選手のような体力はないが技術というものを持っている。技術つまり頭脳による勝利がどんなに日本人に大きな希望を与えることか、ことに若い層に与える影響は大なるものがあろう。しかもダイナミックなグランプリ・レースだから、ここで優勝すれば輸出が有利になるのもさることながら、日本人としてのプライドを持たせることができると考えた。

 そこで、29年6月、ようすを見に英国のマン島に行ったのだが、私はこのレースを実際に見てビックリした。ドイツのNSU、イタリアのジェレラーなどという優秀なレーサー(競走車)がものすごい馬力で走っている。同じ気筒容量でも、当時私の作っていたオートバイの3倍もの馬力である。これはえらいことを宣言してしまった。希望が達成されるのはいつの日のことやらと半ば悲観し、半ばあきれてしまった。

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