私の履歴書 復刻版 本田宗一郎

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2012/4/2  (2/2ページ)

 この手記の新聞連載中に、私はいろいろな方からたくさんの手紙をもらった。激励あり、助言あり、思わぬ旧交をあたためるものもあって、私自身反省やら懐旧の情やらを味わう機会を与えられた。

 私があまり景気のいい文句を書き並べたせいか、若い人の中には、私を独往邁進(まいしん)型の現代の英雄のように受けとっている人もいた。私の中のエネルギーを汲みとってくれるのはいいが、私は自分を決して英雄視しているのではない。私の英雄観を言えば、民衆の犠牲のうえに事を成した過去の英雄を私はとらない。たとえば西郷隆盛は、英雄ではあろうが、最後が気に入らない。どういう事情があったにせよ、万を数える貴重な青年の命を道連れにしたからである。

 東京の世田谷に住むKという未知の婦人が手紙をよこして、自分は3年前から重症精薄児の収容施設を経営しているが、あなたの奮闘を読んで、その増設拡張に踏みきったといってきた。この手紙に私は全く心をうたれた。自分の追憶話がこういう形で生きていることに感動した。そして、こういう人こそ現代の英雄だと思ったのである。

 もう一つ、私はずいぶん無鉄砲な生き方をしてきたが、私がやった仕事で本当に成功したものは、全体のわずか1%にすぎないということも言っておきたい。99%は失敗の連続であった。そしてその実を結んだ1%の成功が現在の私である。その失敗の陰に、迷惑をかけた人たちのことを、私は決して忘却しないだろう。

 人生というものは、最後まで行かぬと成功だったか失敗だったかはにわかに断じ難いものである。西郷を再び引き合いに出せば、彼の偉大さとは別に、その最後が、私には疑問なのである。二輪車だけでなく、四輪車や飛行機の開発など、私の将来への夢はつきないが、これとても最後までやってみなくてはわからない。飛行機だって、肝心の着陸のときになって事故を起こし、多数の人に迷惑をかけたのではなにもならない。人間の一生も功と罪とで評価すべきで、私の死んでから受ける評価が、ほんとうの「私の履歴書」であろう。

 この連載は、昭和37年8月に日本経済新聞に連載した「私の履歴書」をまとめた本「本田宗一郎 夢を力に 私の履歴書」(日本経済新聞出版社)を再掲したものです。毎週月曜日と木曜日に更新します。文中には今日、差別的とされる表現や法律に反する行為の記述がありますが、作者が故人であり、作品の発表された時代的・社会的背景も考慮して、原文のまま掲載しました。なお明らかに事実と異なる部分は削除しました。

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