私の履歴書 復刻版 本田宗一郎

第8回 ピストンリング製造に苦闘(下)

 事業主としてこの間の生活は遊びどころでなく、非常に苦しい日々が続いた。だがピストンリングの製作に成功すればどうにかなるという前途に期待…

第7回 ピストンリング製造に苦闘(上)

 28歳のとき、私は繁盛していた修理工場を閉鎖し、新しく東海精機株式会社をつくってピストンリングの製造をはじめた。順調にいっていた修理業…

第6回 若者と2人で「浜松支店」(下)

 27歳のときいまの妻を女房にもらった。そのとき自分で自動車を運転して嫁さんを迎えに行った。女房の村の人たちから「運転手さんといっしょに…

第5回 若者と2人で「浜松支店」(上)

 アート商会の6年間で、私は一応修理工としての技術を修得、自動車の構造、修理、運転をマスターした。そこで主人も私を信用して下さり、いわゆ…

第4回 小僧っ子から神様へ

 私のアート商会時代は6年続いた。その間、悲喜こもごものいろいろな苦闘談、失敗談を残した。  私はいなか出だし、こづかい銭もたいして持…

第3回 自動車修理工場に見習奉公

 私は前まえから自動車修理工場で働いてみたいという希望をもっていた。それにアート商会という名前がなんとなく、ハイカラに思えた。そこでさっ…

第2回 浜松在の鍛冶屋に生まれる(下)

 機械にあこがれ、エンジンに魅せられた私ではあったが、前述のように字に弱い私の通信簿の成績はあまりかんばしくなかった。その代わり、腕白小…

第1回 浜松在の鍛冶屋に生まれる(上)

 私は明治39年(1906年)、浜松市の在、静岡県磐田郡光明村(現在天龍市)で生まれた。父儀平は鍛冶屋(かじや)、私はその長男で、いわば…

「私の履歴書 復刻版」に本田宗一郎氏登場

 日経Bizアカデミーの人気コラム「私の履歴書 復刻版」では、2月2日から本田宗一郎氏の連載がスタートしました。 ⇒連載第1回へ …

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