私の履歴書 復刻版 小倉昌男

最終回 福祉への思い 保護より自立促進を 就業環境の改善へ道半ば

 ベーカリー事業では2000年(平成12年)に3号店、4号店が相次いで開店した。落合店(東京都新宿区)と三原店(広島県三原市)で、ともにフランチャイズだ。  5号店の構想は、作家で日本財団会…

第29回 炭焼き 福岡の施設に窯寄付 自閉症者支援の灯ともる

 ヤマト福祉財団のセミナーでは実習コースとしてベーカリーのほか、炭焼きを取り上げている。炭焼き名人、杉浦銀治さんとの出会いがあったからだ…

第28回 ベーカリー 働く喜び障害者に 元教員の経営努力に感服

 せっかくパンづくりの講座を始めたのに、勉強だけでは意味がない。まずヤマト福祉財団が中心になってベーカリーを経営してみよう。物事は何でも…

第27回 経営セミナー 収入増へ新事業探る 焼きたてパン知り「これだ」

 福祉関係者を相手に経営セミナーを始めたのは1996年(平成8年)8月だった。施設の責任者や職員を30人前後集め、2泊3日で経営の基礎知…

第26回 福祉財団設立 共同作業所に助成金 現場視察、月給安くあぜん

 会社経営を離れたら何をするか。お世話になった社会への恩返しに、福祉の仕事をしたいと思った。1993年(平成5年)9月にヤマト福祉財団を…

第25回 事故隠ぺい 危機感募り復帰 成果主義より人格で評価

 1991年(平成3年)に取締役相談役となる。経営から徐々に引くつもりだった。だが、組合から聞き捨てならない情報が上がってきた。  営…

第24回 社長退任 「老害」恐れ定年設ける 妻が急逝、遺志に従い基金

 クロネコは「動物戦争」を勝ち抜いた。宅急便の取扱個数は1984年(昭和59年)度に1億5000万個強となり、ついに郵便小包を追い越した…

第23回 ダントツ計画 「動物戦争」勝利に自信 ゴルフ、スキー…苦労実る

 赤字確実とささやかれた宅急便が損益分岐点を超えると、同業他社がワッと宅配市場に殺到した。当社がトレードマークにしていたクロネコに対抗し…

第22回 反権力 世論巻き込み壁突破 妥協を嫌い、政治家頼らず

 運輸省とは路線免許だけでなく、運賃問題でも衝突した。  宅急便の料金は10キログラムまでのSサイズと20キログラムまでのMサイズに分…

第21回 運輸相提訴 免許申請放置に激怒 「官僚と対決」イメージ定着

 当社が取引を打ち切った後、三越の岡田茂社長は解任された。「さもありなん」と思ったが、三越という会社が嫌いになったわけではない。心配した他の…

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