リーダーに戦略を聞く

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2016/1/15  (1/3ページ)

 米国生まれのボストン コンサルティンググループ(以下、BCG)が、世界第2の拠点として東京にオフィスを構えたのは1966年のことでした。それから50周年という節目の年に日本代表に就任することになったのが、杉田浩章氏です。世界的コンサルティングファームの日本代表が考える戦略と、日本企業の「これから」について聞きました。

◇   ◇   ◇

初代リーダーは「日本的経営」の研究者

――1966年、BCGが東京オフィスを開いた時の初代リーダーは、ジェームズ・アベグレンでした。「日本的経営」の研究者でもある彼は、日本企業の強さの源泉が「終身雇用」「年功序列」「企業内組合」にあることを分析し、欧米に紹介したことでも知られています。それから半世紀以上が過ぎ、日本企業を取り巻く状況は劇的に変化しました。

杉田浩章(すぎた・ひろあき)
1961年生まれ、愛知県出身。東京工業大学工学部卒業、慶応義塾大学経営学修士(MBA)。日本交通公社(JTB)勤務を経て、1994年、BCG入社。2006~2013年、BCGジャパン・システム オフィス・アドミニストレーター(統括責任者)。2007年、シニア・パートナー&マネージング・ディレクター就任。2014年、BCGクライアントチームアジア・パシフィック地区チェア、2016年1月から現職。杉田浩章(すぎた・ひろあき)
1961年生まれ、愛知県出身。東京工業大学工学部卒業、慶応義塾大学経営学修士(MBA)。日本交通公社(JTB)勤務を経て、1994年、BCG入社。2006~2013年、BCGジャパン・システム オフィス・アドミニストレーター(統括責任者)。2007年、シニア・パートナー&マネージング・ディレクター就任。2014年、BCGクライアントチームアジア・パシフィック地区チェア、2016年1月から現職。

 たしかに、この50年の変化は大きかったと思います。じつは、外資系コンサルティング会社のなかで、一番早く日本にオフィスを構えたのは我々でした。当時はやはり、外資系企業の日本進出をお手伝いする仕事が多かったのですが、それも、この20年あまりで大きく変化しました。

 私が日本交通公社(JTB)を退職してBCGに入社したのも、約20年前の1994年です。その頃はまだ海外で開発された経営手法を日本に紹介しながら、どうやって日本企業の変革を進めていけばいいのか、我々自身も模索していた時期でした。

 欧米では、その頃すでにコンサルティング会社を使うことが当たり前になっていましたから、各企業が持つ予算の枠内で、どこがどれだけの予算を取れるか、の競争をすれば良かった。しかし、日本ではそうはいきませんでした。これは今でもあまり変わってはいませんが、そもそも、コンサルティング会社を使う予算は各社に用意されてはいません。我々がビジネスをしとうと思えば、「なぜ、コンサルティング会社を使うのか」「それによってどのようなリターンが得られるのか」をご説明し、納得いただくことから始めなくてはなりませんでした。

 パートナー会議(経営会議)を開きますと、当時はよく、「そろそろみんなで犬棒作戦をやろう」という声も挙がっていました。犬も歩けば棒に当たるじゃないですが、経営者に手紙を書いて、電話を差し上げ、面会の機会をなんとかいただいて、プレゼンテーションに伺う。そういう、地道な営業をコツコツと繰り返していました。

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